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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第34回:『あなたが変わったんだよ。』
生活支援センター 主任 菅原光樹

2022年3月15日発行(機関誌136号)

あなたが変わったんだよ。

私はカナンの園で働いてもうすぐ10年になります。そのうち9年間は生活介護事業所のシャロームに所属していました。失敗もたくさんあり、新人の頃は3日に1回は心が折れていたような気もしますが‥‥皆さんと一緒に働いたり、ご飯を食べたり、散歩したり、何気ない日常を過ごすうち、自分の心の中の何かが動かされ、変化して、今の自分があると確かに感じます。

10年前、新職員として初めてMさんに出会ったとき、とてもプレッシャーを感じたことを覚えています。当時のMさんは、服用していた薬の影響から、頻繁に強いこだわりと興奮等の様子が見られていました。調子の悪い日は数時間シャロームのホールを歩き続け、時折大声を出して走り出す彼の背を追い、止めようとすると叩かれ‥という日々でした。それでも、調子のいい日はにっこり笑って手を繋ぎ、全身で関りを求めてくる彼の姿に、仲良くなれたような気持ちにさせてもらいました。とにかく必死な日々でしたが、この仕事の楽しさを感じられる瞬間でもありました。今考えると、小さな頃から奥中山学園で生活して、ご家族と離れて暮らした悲しみや寂しさをずっと抱えながらも、たくさんの人と出会い、多くの事を経験して大人になったMさんは、自分よりもずっと心が大きく、愛情深い人なのだと思います。

ある研修会に参加した時、思いがけずそれまでのMさんとの関わりを振り返る機会がありました。講義の中で、“障がいを持った人たちは、「困った人」ではなく「困っている人」”という言葉が出てきました。それまでにも何度か聞いた事のあるフレーズでしたが、時間が経つほどになぜかヒリヒリと身に染みて、いたたまれない気持ちになりました。私はMさんのことを、「薬のせいだからしょうがないけど、毎日こだわったり興奮したりする困った人」と心のどこかで捉えていた事を、その時初めて、痛烈に自覚しました。Mさんがずっと抱えてきた悲しみや寂しさ、環境や人が変わることへの不安や緊張を汲み取る事も出来ず、ただ彼の心の大きさに甘え、分かったような気になって思い上がっていた自分に無性に腹が立ち、恥ずかしくなりました。

出会ってから数年経ち、Mさんも安定した日々を過ごせるようになり、よく笑ってくれるようになりました。「もりなが」「チョコボール」「ポテトチップス」など、好きなお菓子の名前を話してくれたり、トトロの「さんぽ」を口ずさみながら散歩したりしました。楽しくなると顔をクシャクシャにして笑って、肩を組んでくれました。そんな風にMさんと一緒に過ごしていると、不意に胸や目頭が熱くなる事が何度もありました。当時の上司にその話をすると、「彼は何も変わっていないよ。あなたが変わったんだよ。」と言ってもらった事を今も覚えています。

昨年4月に生活支援センターへ人事異動となり、Mさんと毎日顔を合わせる事は無くなりましたが、今も月1回短期入所の時にお会いします。相変わらず顔をクシャクシャにして笑って肩を組んでくれて、自分の心が動くのを感じます。この仕事は、人と出会って自分とも出会い直すことが出来る仕事だと思っています。失敗して3日に1回心が折れたとしても、何気ない日々の中でたくさん笑って、感動して、作り変えられて、今自分にできる働きを地道に続けていきたいと思っています。

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