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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第24回:『 「私、高校卒業したかったの・・・」 』
三愛学舎 早坂伸子

2018年11月15日発行(機関誌126号)

「私、高校卒業したかったの・・・」

「私、高校卒業したかったの・・・」М市の私立高校に2年間在籍してから、本校に入学してきたSさん。高校を卒業したかった気持ち、やりたかったクラブ活動のことをいろいろな表現で伝えてきた。また、中学校時代の嫌な出来事などをストレートに私にぶつけてくることもあった。「私ね、高校2年までしか、行っていないの。あのまま卒業したかったなぁ」と過去の自分と、今こうやって新たな高校生活を送る自分にどう折り合いをつけていいのか、日々思い悩んでいた時期でもあった。しかし、自分で決めた本校への再入学でもあった。

前の学校でも、とても丁寧な教育を受けてきていた。フリースペースでゆったりした授業、優しい先生との学校生活。しかし、次第に余裕がなくなり、学校に行くことさえできなくなった。そんな時、支援機関に繋がり、本校に両親と一緒に見学に来たのが彼女と私との初めての出合いとなった。

その後、本校に入学し、本格的な関わりが始まった。本来であればすでに高校3年生の年齢である彼女に葛藤がないはずはない。入学した時から「私、みんなと年が違うんだよね」とつぶやいていた。どうやって年下の同級生と、付き合ったらいいのか不安でいっぱいだったのだろう。

学校生活では、「私が、みんなを引っ張ってどうにかしていかなくては。」という気持ちが、学級会の司会をしている中でも見えた。「私が、私が」という強い責任感に、日々疲れて果てているように見えた。「いいんだよ、そんなに頑張らなくても。」と伝えても彼女は、ひどい肩こりに悩まされながらも頑張り続けていた。

学校生活にも少しずつ慣れてきた2年生の時、高校生活でやりたかったクラブ活動を聞いてみると、「合唱部をやりたい」とのこと。その願いをかなえるために一緒に活動を開始した。まずは、校長に本校初めての部活動の許可をもらい、次は部員を集めるポスター作り。それまで気持ちが揺らぐと、過去の嫌だった出来事を話すことが多かったが、気持ちが前向きになったことでそれも減ってきた。

そしていよいよ合唱部誕生初日、部員が講堂に集まった。ピアノ伴奏も音楽担当の教員の中からお願いし、記念すべき初代合唱部部長をみんなで決めた。部長は、もちろんみんなからの推薦でSさんが選ばれた。部員数名の小さな合唱部、本科から専攻科までの生徒で構成された混声合唱団の誕生である。

曲目の選曲から練習日の調整、新入生の「歓迎コンサート」、専攻科2年生の卒業生のための「さよならコンサート」の企画…、と、合唱部のいろいろな活動を彼女が中心になって引っ張った。

今も心に残るコンサートがひとつある。2011年4月。3月11日の東日本大震災の余韻がまだ大きく残る中で、当時部長だったSさんが、「新入生歓迎コンサートをしましょう。そして、東日本大震災の復興コンサートにしましょう。」と部員に呼び掛けた。部員たちの賛同も得てコンサートを行うことになった。すべて彼女が企画をして、歌う曲や全員のメッセージも考えてくれた。コンサートに来ていただいたお客様は30名。合唱部7名のメンバーは、歌声と復興に向けてのメッセージを会場いっぱいに響かせることができ、部員とお客様の想いがひとつになった。その時、歌ったいきものがかりの「YELL」は、今も彼女と一緒に活動した一番の忘れられない思い出となっている。そして、彼女が三愛学舎に残してくれた合唱部は、4代目の部長が引継ぎながら、今も週2回の活動をしている。

Sさんは今、N市の福祉事業所で運営しているカフェで、ウェイトレスとして働いている。私が時々立ち寄ると、「いらっしゃいませ。ご注文は何にしましょうか。」と聞いてくる姿は、「最近はどうなの。元気にしている?」と聞くこともできないくらい自信に満ちている。そしてそんな姿を誇らしく思いながら、運ばれた食事を口にする私のしあわせ。

「私、高校卒業したかったの・・・」とつぶやいていた彼女は、人よりも長い高校生活を経験し、自分との折り合いをつけ、凛とした日々を歩んでいる。

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