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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

■ 第2期







■ 第1期


第22回:『 ペースが合わないので、辛いです。 』
となんカナン事業所 サービス管理責任者 刈屋百恵

2018年3月15日発行(機関誌124号)

ペースが合わないので、辛いです。

となんカナンで働き始めてすぐのことです。 Kさんが入院していた精神科の病院から退院し、再出発として、以前に利用していたとなんカナンで就労に向けての準備をすることになりました。 私は、新しい担当者として、相談支援事業所で初めてお目にかかりました。

Kさんはうつむき加減で、なかなか私の顔を見てくれませんでした。 少しずつ話しを進めていくうちに、となんカナンの不満を話し出し、泣き崩れ、動けなくなってしまいました。 自宅まで車で送ることを伝えましたが、頑なに拒否をされ、結局、その日は別々に帰ることにしました。

入院前は、就労をめざすことを目的とした期限のある利用でしたが、退院後は彼女のペースで進められるように、期限のないサービスを利用してもらい、手先の器用さを活かしたいと手芸の作業を担当してもらいました。 読書家で、色々な知識がありますが、環境になじむのには時間もかかり、その日の体調を確認し、作業量を調整するなどの配慮も行ってきました。 絵を描くのも上手で、担当職員が彼女の描いた絵をお菓子のシールに使用するなどということもありました。

私はサービス管理責任者という立場があり、 彼女と接する上では、色々と彼女の状況や、将来の希望などを聞きだそうと、話し合いを重ねました。 具体的な答えを求め、答えてくれないとそれを待つ、という流れで、 結果的に沈黙が続く時が多くなってしまいました。

そんなことが続いたある日、突然彼女が駆け寄ってきて私に言いました。 「前から言いたかったけど、あなたとはペースが合いません。嫌いだとかではなく、ペースが合わないので、辛いです。」と。 普段はどちらかというと、とつとつと話す彼女が、このときは急に堰を切ったように話し出しました。 私からの関わりへの漠然とした違和感が、ことばとなって溢れ出した瞬間だったのかもしれません。 そんな突然の様子に、私もどう答えていいのかわからず、彼女の言葉を聞いて、茫然と立ち尽くすだけでした。

Kさんの状況については定期的に主治医の先生と話し合い、時には電話で相談し、本当に助かりました。 その中で、こんなことを言われたことがありました。 「福祉職員は現在の課題″に目を向けがちだ。課題をなくそうと、いろいろ本人に働きかけたり取り組んだりしているが、本人の内にある変化を待つことも必要だ。」と。 知らず知らずに力が入っていた自分に気づかされ、いい意味で力が抜けた感じがしました。

Kさんとのやりとりは、まさしく現在の課題″に私自身が目を向けすぎていたばかりでなく、彼女にも私のペースで目を向けさせてようとしていた、ということなのでしょう。 それを彼女は「ペースが合わなくて辛い」と表現してくれたのです。

Kさんからの一言があった後、彼女は私が声をかけても一切の言葉を発しなくなりました。 私も一歩引いて、作業のことや将来のことなどを聞くことはしないようにしました。 他の職員が彼女のペースでやりとりしてくれたり、彼女自身がとなんカナンとは別の「外の世界」に仲間を増やしていったこともあり、 少しずつ将来への道筋が見えてくるようになりました。 私も、挨拶だけは欠かさずにしようと思い、声をかけ続けていました。 調子がいいと頭をコクリと下げて答えてくれることもあるようになりました。

しばらくしてKさんは、手先の器用さを活かし、盛岡市内の企業に就労し、6ヵ月間勤めました。 その間にもさらに仲間関係を拡げ、自分の将来の姿も思い描けるようになってきました。 担当職員も継続的に関わり、東京にある就労移行支援事業所をステップに、最終的には東京にある有名な企業に就職できました。 今も、その会社でイキイキと働いています。長期休みで帰省した時は、となんカナンに顔をだしてくれます。 私が会った頃に感じた、どこかとんがった感じは影をひそめ、ほんわりとした雰囲気を感じます。 綺麗になり、輝いて見えます。

そして気が付けば、私たちは互いに違和感なく、普通に会話をしていました。

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