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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第15回:『 この柱のでっぱりが… 』
カナン牧場副所長 釜石登

2015年11月15日発行(機関誌117号)

「この柱のでっぱりが…」

私がカナンの園で働き始めたのは1986年4月のことです。 当時、高校卒業を控えた私には病気を患った父親の存在があり、 長男であったこともあり、急遽自宅近辺で働き先を探さなければなりませんでした。 そのとき、まだ有限会社であったカナン牧場が求人を出しており、迷うことなく応募したことを覚えています。 当時、カナン牧場には乳雄牛哺育部門、パン部門、養豚部門の3部門あり、その中で乳雄牛哺育部門に配属となり、 そこで働く障がいを持つ方々と一緒に働く機会を与えられました。また、部門は違いましたが、 パン部門で働くダウン症という障がいを持つ従業員のMさんとの出合いもありました。 有限会社であったカナン牧場は会社組織がゆえに利益を上げることが求められ、支援する側・される側というよりは、 障がいを持つ方々とは互いに共に働く仲間という存在だったように思います。

その後、社会情勢の変化や私自身の希望もあり、パン部門で働くことになりMさんとの関わりが多くなっていきました。 最初の頃は、関わりの浅い私は相手にもしてもらえなかったことを今でも覚えています。 Mさんは、自分がこうだ、と思うとなかなか切り替えることができないことも多くありました。 今でも忘れられないのが、パンを運んでいたときに部屋の柱にぶつかりパンを落としたときに、 「この柱のでっぱりが悪い!」といっていたことです。

その後、カナン牧場のパン部門は、1998年により多くの障がいを持つ方々を雇用できるようにと、 雇用と福祉が結びついた制度を用い「福祉工場カナン牧場」へと変更が行われ、7〜8名の利用者から一度に 32名の利用者が働く場となりました。 その後17年もの月日が経過しましたが、Mさんとは今も一緒に働いています。

私とは、そのような経過もあって、30年近い付き合いがあるのですが、これまでのMさんの様子として、 関係性が深まっていない職員からの作業上の指示がスムーズに伝わらなかったり、その通りに動いてくれない傾向がありました。 そのような状況が続くと、時間との勝負でぎりぎりで動くことの多いパン工場では、どうしても職員は別の人に仕事を回すことも多くなります。 結果として、仕事種が狭まり、それがますます仕事が頼めない(できない)人になってしまう、というような悪循環の恐れを感じました。

そこで、私やMさんのことをよくわかっている職員が直接関わらなくても、こちらがやってほしいことが伝わる方法を模索する中で、 他の従業員たちの力(存在)に気づいたのでした。これまでは、本人が意図しない内容の場合は職員が時間をかけて、 丁寧にMさんが受け入れられる形で伝えてきましたが、従業員みんなが揃う場面で伝えることや、従業員を介して伝えることで、 本人が理解したり、受け入れやすくなることもわかってきました。 それがまた、本人の働く意識にも変化をもらたし、一つの作業にこだわって動かなくなる回数が激減、 他の従業員からのお願いされた作業にも応じるようになって驚かせられています。 今のMさんから「この柱のでっぱりが…」というようなことばは出てこないだろうな、と思います。

今期33年目の操業をするカナン牧場で私は29年を過ごしてきました。 創業時に関わりを持った先人の想いを原点に、たくさんの働きがつながり、今のカナン牧場があることを思います。 従業員と呼ぶ利用者さんたちも、職員も、それぞれ事情により関わる期間が短かった人も居ましたし、再び共に働く機会に巡り合った人もいます。 Sさん、Mさん、そして私のように長い期間働くことができている人もいます、それぞれの働く力がつながることで今のカナン牧場が有るのだと実感しております。 これまで働きを共有していただいた方々に感謝すると共に、また工場で生産される商品をご愛顧くださるお客様に感謝するばかりです。

Mさんの変化はこれまでの「働き」がつながってきたからこそ導き出された結果と思います。 従業員も職員にとっても「働く」ことは、実はお互いに学びを得る機会、体験できる機会であり、その人の人生に意味合いを持つものと願っています。

時計が1秒ごとに時を休むことなく刻み続ける様に、従業員や私も1秒ごとに時を過ごし変化し続けることでしょう。 私は「働き」を共有することで従業員に関わり、従業員の生涯の一部分に関わることができることを誇りに思います。 豊かな日常生活が送れるよう日々の関わりで向き合う姿勢を忘れることなく「働き」をつなげていきたいと思います。

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