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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第14回:『 Mさんからもらった"君"章 』
ののさわ 服部勉

2015年7月15日発行(機関誌116号)

Mさんからもらった“君”章

私が初めてカナンの園・小さき群の里に来たのは2003年10月でした。 前の会社で一緒に働いていた現ヒソプ工房副所長の鈴木さんに一緒に働いてみないかと声をかけられ、見学に来ました。

私は盛岡市内で障がいを持つ方々と関わるボランティアをしていた姉に誘われ、ボランティア活動に参加していました。 一緒に泊りに行ったり、運動会やウォークラリーへの参加などです。 多少ですが障がいを持つ方との交流はあったので、この仕事に希望を抱いていたことを覚えています。 しかし、初めての見学で私が想像していたのとは違い、障がいが重い方が多く、希望が不安に変わりました。 それでも鈴木さんから、やりがいのある仕事だと話を聞き、働いてみようと思いました。

私が採用された小さき群の里は当時、入所更生施設で、今のように日中作業(小さき群の里)と 生活(ののさわ)が分かれて別々の事業所になってはおらず一体となっての支援を行っていました。 私は日中作業の部に配属され、ペットボトルのリサイクル、空き缶回収、薪切りなどの作業を通じて、 多くの利用者の方と接することができました。 日中作業の他に、週に1〜2回の泊り勤務がありました。 初めての泊りのときには緊張し、朝になって他の職員が来るまで不安な時間を過ごしました。 また作業で普段関わっているメンバーと違う方も暮らしているので、どう接していいかもわからず、 多くの失敗をしました。 しかし、少しずつホームに入ることにも慣れ、緊張も減り、話ができるようになり、ご飯の味もわかるようになりました。 今振り返っても緊張と不安に包まれていた当時の自分がよみがえります。

何年か経ち、別のホームの担当となりました。このホームは男性4名、女性2名が暮らし、会話をできる方も多くホームは賑やかでした。 ある日、Mさん(女性)が私のことを呼びました。「はっとりく〜ん」。私は何気なく「はいっ!」と答えました。 もう一人の女性Eさんも「はっとりくん」と呼んでくれました。しばらくすると男性のTさんも呼んでくれるようになりました。 アニメ「忍者ハットリくん」のキャラクターと同じ名前であったことも呼びやすかった理由かと思います。

ほとんどの職員が“さん”づけで呼ばれている中、私が“君”づけで呼ばれることがとてもうれしく、 親しみを感じています。 Mさんはさらに「忍(にん)、忍(にん)」と忍者ハットリくんの真似をして笑わせてくれます。

この話をカナンの園の大先輩で、退職後にちいむれ牧場をやっておられた、故・渡部實さんに話したことがあります。 實さんは私のホームの話や作業の話を聞きながら、利用者の方が私を「はっとりくん」と呼んでくれることを話すと 「いい勲章(君章)をもらったね」と笑顔で話されたことを覚えています。 「職員で“○○くん”と呼ばれる方は何人かはいるけど、こんなふうに受け止めてもらっていることを大切にし、 利用される方に関わって行きなさいね」と声をかけてもらいました。

2009年に障害者自立支援法による新体系移行に伴い、入所施設の小さき群の里から日中活動と生活が分かれたことで、 入所施設時代よりは一人の人に関わる場面が限定してきているように感じます。 小さき群の里事業所とののさわ事業所は、今でも夏旅行・親子旅行などを一緒に行うことがあります。 そんな行事で、皆が集まったときにMさんから「はっとりくん!」と大きな声で呼ばれることが、ホッとする瞬間となっています。

日中作業や生活支援の両方を経験させていただき、利用される方々の様々な場面に出会えたことは今でも私の大きな力となっています。 生活支援員から管理職となり、Mさんと会う機会は減りましたが、時おりホームの補助などで訪ねたときは今でも「はっとりくん」と呼んでくれ、 いろいろなことを話したり、自分の好きなシールをくれることもあります。担当ではなくなり、立場も変わりましたが、 変わらないMさんからの「はっとりく〜ん」は私のかけがえのない“君”章です。

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