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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第09回:『 大丈夫… 』
ヒソプ工房 副施設長 向井由祈

2013年11月15日発行(機関誌111号)

「大丈夫…」

今から14年前、ヒソプ工房の定員を増やし、新たに利用することとなったうちの一人、Tさんとの付き合いが始まった。 ちょうど私が三愛学舎からヒソプ工房に異動した時期と重なる。

Tさんは複雑な家庭環境の中で育ち、養護学校を卒業後、数年間、ある畜産業に就労していたが、 その労働環境が厳しく、福祉的就労の場を求めてヒソプ工房に通うことになった。 それまでの環境と違う、盛岡の街中でのグループホームでの暮らし、そして安心して働ける日中活動の場が与えられた。 その事で、Tさん自身の生活も大きく変化していった。

これまで叶えられなかった本人の想いが少しずつ実現していく事を体験し、様々な生活力を身に付けて行った。 近所での買い物、趣味の刺し子やジョギング、レンタルビデオショップに行く事やバスに乗ってイベントに出かける事等々。 地域で暮らす上での楽しみが一つまたひとつと増えていった。 しかし、同時にいつも心の中に「誰か」を求めているように見えた。 一緒に出かけてくれる人、自分の話しを聴いてくれる人、自分の想いを受け止めてくれる人…。

そんな歳月の流れの中で、離れて暮らしていた最愛の母親が亡くなった。 今まで築いてきたものが崩れていくように自信の無い姿が見られるようになった。 そんなTさん自身が前向きに暮らせるようにと、ホームの担当者やヒソプ工房の仲間たちの支えや励ましもあり、 次第に「就職して、一人暮らしをしたい」と新たな希望を話してくれるようになっていった。 ヒソプ工房の利用者の会である〈自治会〉の役員への立候補や外部活動への積極的な参加、 大規模な農場での仕事やクリーニングの仕事、ホテルでの食器洗浄作業など、様々な職種や職場での体験を重ねながら、 就労へのイメージを一緒に作り、ハローワークや就職相談会で職探しをした事もあった。 くじけそうな様子のTさんに、「大丈夫?つらくない」と聞くと「つらいけど…俺、頑張るよ」と話すこともあった。 その姿を傍で見ながら、励まし、時には背中を押すそんな日々を送ってきた。

しかし、そのような体験を積み重ねる中で、次第に就労そのものが目的というよりも、 実習や様々な就労体験を経て、日々、仲間とお互いに頑張った事を分かち合いたいという想いが強く、 周囲の仲間の存在が心の支えになっているように感じられた。 やがて、ヒソプ工房に通いながら、月の半分を仲間と共に養鶏会社へ出向いて働くようになり、 そのグループリーダーとして現場での様々な対応や社員さんとの繋ぎ役として働くようになった。 一歩ずつ自信を取り戻し、高め、自治会や本人活動の会の場においても、意見や提案を表現する事が多くなっていった。

そんな折に元気なTさんに病気が発覚し、入院・手術を余儀なくされ、 その後もしばらく入退院を繰り返しながら、治療の日々を過ごした。 一時は退院出来るかどうかも分からない位の病状であった。 入院の日々が長期化する中で、本人から携帯で「いつ来るの?」との連絡に、 「ごめん」と謝りつつ、慌てて見舞いに行くような日々が続いた。 やがて彼自身の辛抱強い病気との闘いの甲斐もあって、次第に回復し、日常生活に復帰出来るほどになった。 病気の影響で若干、歩行に違和感を抱えながら、やや無理をしている彼の姿がそこにはあった。 快復を焦って以前と同じように働く事を望んで「いつになったらいいの?」と聞いてくる事もあり、 そんな時には「まずは体力をつけて、自分で歩いて通勤出来るようになってからだね」と答えるようなやり取りが続いた。 今はまだその途上だが、最近になってようやく徒歩での通勤が出来るようになり、心配すると、 「大丈夫だよ!」と明るく返事をしてくれるまでになった。そればかりか、私自身が忙しそうにしているのを見て、 「向井さんは大丈夫なの?」と声をかけられることもある。

Tさんの人柄に触れながら自分自身の在り様を振り返る日々…。 それでもなお、互いが互いに向かって、そして自分自身に向かって「大丈夫」と語りかけることに希望を見出す。 Tさんとの出会いに感謝しながら。

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