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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第06回:『 教わり続けること、考え続けること 』
奥中山学園 副園長 岡ア俊彦

2012年11月15日発行(機関誌108号)

教わり続けること、考え続けること

今から12年前、私が学園に来たばかりの頃、ほとんどの子どもは金曜日に帰宅していましたが、 何人かの子どもたちは、土曜日に帰宅したり、そのまま帰宅せずに過ごしていたりしたのでした。 普段と違い、少し静かな学園の建物の中で、Yさんと私の2人で週末を過ごすのが、 新職員で来たばかりのときの私の役割でした。

Yさんは、新しい職員と過ごすときには、夜中に起きて眠れなくなったり、独特の独り言を言い続けたり、 その場から動かなくなったり、外に飛び出して行ったりということが顕著に見られました。

もちろん私と過ごすときも例外ではなく、夜中に起きて、朝が来るまでは止まることなく動き続け、 日中は、途端に車の前や玄関から動かなくなる。ご飯も歯磨きも全て拒否というような状態が続きました。 何とかしたい私は、多くの人にアドバイスを求め、他の職員のやり方を真似ました。 どうにかYさんが落ち着けるようにしたいと強く思っていました。あの手、この手でやってみますが、 Yさんは、落ち着くどころかどんどん行動がエスカレートしていきました。私には決定的な何かが足りなかったのです。

その決定的な何かを気づかせてくれたのは、学園で行った救急法の中での救急救命士さん方の一言でした。 「私は医者ではない。だけど救急車に乗っている間、患者の命を救えるのは自分しかいない」。ハッとしました。 人を真似、迷っている自分、自分がどう在ればいいかだけ考えている自分自身に気付いたのでした。 「何があっても、どんなYさんでも、自分が一緒に過ごすよ」と思ったのでした。そう思った日から、 Yさんは、落ち着いていきました。

それからしばらく経ったある日、Yさんと過ごしているときに私が何気なく席を立ち、 少し歩いていて後ろを振り向くと、不安そうな顔をして必死に私についてきているYさんがいました。

Yさんは、お父さんが大好きでした。お父さんに会いたいといつも思っていたように思います。 その気持ちをそのときどきに一緒に過ごす職員といることで、少しでも紛らわしていたように思います。 自分がどこにいればよいのかがわからない常にある不安を、そのときどきに関わる職員に精いっぱいゆだねるしかなかったようにも思います。

言葉として、耳で聞こえるもの。行動として、目で見えるもの。その言葉や行動が激しければ激しいほど、 本人が一番つらいことを、表出するものとは裏腹に、心の奥に受け止めきれない不安を抱えていることをYさんは教えてくれたのです。

そして自分の価値観や理論が強くなり知った気になればなるほど、逆に人を感じる力は弱くなっていくことも。

人を知ることなんてできない。いくら知ろうとしても知りきれない。 だけど大切に思うからこそ知り続けたい。そう思って今を過ごしています。

人と人、その関係の中で起こりうるすべてのことに、その瞬間であったり、ときにはふと思い出したかのように、どうだったのだろうと問い続けます。 子どもたちが選び決めた生き方を信じ、そこに寄り添っていきたいと思います。

私の仕事は、教わり続けること。そして考え続けることだと思っています。始めにそれを教えてくれたYさんに感謝しながら。

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