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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

■ 第2期





■ 第1期


第2回:『 今となれば… 』
ののさわ事業所・小さき群の里事業所 副施設長 薄正仁

2011年3月15日発行(機関誌103号)

「今となれば…」

地域のケアホームで生活していたAさんは、骨粗鬆症の骨折を繰り返し、車いすでの生活を余儀なくされました。 当時、住んでいたケアホームでは環境面、 人員面での支援が難しくなり、Aさんも納得の上で、ののさわ事業所のケアホームへ異動してきました。引っ越してすぐは、 楽しそうに過ごしていたのですが、数ヵ月が経過したころから、食事を摂らなかったり、支援や介護を拒否したり、夜中に何度も大きな声をあげて、 泣きながら職員を呼ぶことが続きました。その様なAさんの行動に、職員自身もどうしていいかわかりませんでしたが、徐々にその様な行動は、 Aさんの心の痛みの表れであることに気がつきました。住み慣れた場所や気の知れた仲間との別れ、新しい環境に慣れようとした精一杯の頑張り、 思うように動かなくなってしまった身体への苛立ち。“どうして私だけが…”と思ったかもしれません。 その様なAさんに、「ここでの暮らしも悪くない」「ここは、自分が自分らしく生きられる大切な居場所」 「自分でできる事はたくさんあるし、仲間のためにも力を発揮できる」と、 どうしたら思ってもらえるのだろうと悩みました。その様な悩みは、Aさんとの向き合い方や支援内容を具体的に見直すことに繋がりました。 すると、Aさんの表情は、どんどんと穏やかなになり、睡眠も安定し、何よりとても健康的になりました。Aさんは、その表情や睡眠、 健康を通して語りかけてくれます。「ここの生活、好きだよ。わかってくれたんだね。ありがとう…」

小さき群の里・ののさわ事業所を利用されている方々の多くは、有意語を持ちません。 ある方は、「おなか痛い?」と聞くと「いたい…」と答えてくれますが、 「おなか痛くない?」と聞くと「いたくない…」と答えます。聞いた音をそのまま繰り返して教えてくれるのです。 「もう、大丈夫。良くなったよ」と、言葉にできれば一瞬で伝わる事ではありますが、 職員は、顔色や表情、動作、体温、食欲、排泄など全ての情報から状態を知ろうとします。

一方、毎日、言葉の洪水の中で生活していると、言葉として表現されない利用者一人ひとりの想いや願い、 悲しみや祈りは、いつも置き去りにされがちです。 そして、気付いたとしても “忙しくって…”“体制がとれなくて…”“そんな様子はありませんでした…”等々の言い訳を積み上げます。

相田みつをさんの、「憂」という詩に“むかしの人の詩”として以下の言葉があります。

 「君(きみ)看(み)よ、双眼(そうがん)の色(いろ)語(かた)らざれば、憂(うれ)い無(な)きに似(に)たり」
  (さぁ、その目の色をご覧なさい。何も言わなければ憂いが無いように見えるでしょう)
  憂い…が無いのではありません
  悲しみ…が無いのでもありません
  語らない、だけなんです
  語れないほど、深い憂いだからです
  語れないほど、重い悲しみだからです
  (中略)
  澄んだ眼の底にある
  深い憂いのわかる人間になろう
  重い悲しみの見える眼を持とう

と結んであります。

幼少期からカナンの園を利用し、入所施設で三十数年の長い道のりを歩んできた利用者の中には、自らの願いや悲しみが受け止められず、 虚しさを感じてきた方も多いと思います。また、深い憂いを抱えていることにすら、気づいていないこともあるでしょう。

瞳の奥の心の声に真剣に耳を傾け、向き合うことのできる職員集団でありたいと願います。 そして、いつの日か「今となれば、全ての事が良かったと思えるよ」と全身で表現してもらえる支援を、心をこめて行っていきたいと考えます。

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