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ことばひろい

機関誌より『ことばひろい』を掲載しました。

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第04回:『 「自分の道を歩けますように」 』
奥中山学園 佐藤真名

「自分の道を歩けますように」
「自分の道を歩けますように」

Мさんと十数年ぶりに生活を共にするようになったのは、私が奥中山学園から小さき群の里に移って、二年目のことだった。 以前彼が学園で生活していた小学生のある時期を担当していたことがあり、今度は大人対大人」としての付き合いができることがうれしかった。 小学校時代は甘えん坊で泣き虫、でも手伝いをとてもよくやってくれたこと、 また行事の度に会いに来るご両親や妹さんといつも楽しそうに過ごしていたのが印象的だった。

大人になったМさんは元来の働き者ぶりを発揮していた。 人から喜ばれることが大好きなこともあって、日中はひとむれ工房マナで主力商品「みことばせんべい」製造の中心的な働きをし、 夜は夜で趣味の手芸でポーチなどを作っていろいろな人にプレゼントして喜ばれていた。

そんなМさんのある「願い」を本人の口から直接聞いたのは数カ月たってからだった。 「洗礼を受けたい」という願いだった。 カナンの園ではすでに数名の方が洗礼を受けており、Мさんもそんな人たちを見ながらの願いだったのかもしれない。 前任のAさんから彼がそのような願いをもっていることを聞いてはいたのだが、 私たち職員はいろいろな意味で影響力を持つゆえに、事柄が信仰に関わることだけに慎重にならざるをえなかった。 よって本人から話してくれるのを待っていたのだった。 その上で成人とはいっても家族の同意が必要と考え、本人の気持ちを確かめて、家族とよく相談しながら進めることにしていた。

お父さんの返事は「わかりました。これまではなかなかあの子の願いをきいてやれなかったので、もし本人が望むなら叶えてやりたいと思います。 ただ、本人が自分で私にそう話してきたら許してやることにします」というものだった。 小学校入学の時、一人で家族から離れて施設で暮らさなければならなくなったこと、その後家族が離ればなれになり、 Мさんはなかなかお母さんや妹さんとは会えなくなってしまったことなどすべて自分のせいと責めることの多いお父さん。 その想いを多少なりとも知っていただけに、双方の間に立った私は「その日」をただ待つしかなかった。

Мさんに限らず、施設で暮らす人たちにはその願いが切実であればあるほど、 自分の気持ちを自らの口で表現することにためらう人が多いように思う。 自分の思いとは違っても与えられた道を歩まざるをえなかった人生経験がそうさせるのだろうか。 Мさんがやっとの思いでお父さんに自分の口で願いを伝えられたのは、さらに数カ月たってからのことだった。 願いはお父さん自身の喜びともなって叶えられ、そして大きな喜びと自信と祝福を得て九六年のクリスマスに洗礼を受けることができたのだった。

その夜、いつものようにホームのメンバーと共に夕礼拝を行い、Мさんが祈る番となった。 「神さま、今日は洗礼を受けられてありがとうございました。これからの自分の道を歩けますように。アーメン」 こう祈る彼のことばを忘れることはできない。 カナンの園を利用する全ての人が、そして私たちみんな「自分の道を歩けますように…」。

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